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残光を探して (創作話)

1.暗雲が立ち込める朝 窓を叩く雨の音で目が覚めた。 ぼんやりとした視界の先、窓の向こう側は、 まるで自分の心境と同じような灰色だった。 起き上がろうとしたが、体が鉛のように重い。昨夜、現実から逃げるように飲み込んだ薬のせいだろう 。 昨日の夜はつらかった。 消せない不安や振りほどけない悲観的な考えが頭を巡って、ただただ苦しかった。 その思考を無理やり止めるために、処方薬を飲み、布団に沈みこんだ。 重い体を引きずって、乾いた喉を潤そうと居間へ向かった。 視界はぐらつき、足取りはおぼつかなかった。 2.崩れた平穏 いつもなら、同居人 只野良好 (ただの りょうこ) が淹れた、コーヒーの香りが漂ってくるはずだが、今日はしない。 それどころか、人の気配すらない。 「きっとまだ自室で休んでいるのだろう」 そう思った束の間、床に白く青ざめた足が見えた。 比木は恐る恐る声を掛けた。 「りょ…良好さん?大丈夫ですか…?」 体を揺さぶっても反応がなく、岩のように動かず、 体が冷たい。 首筋や手首を触っても命の鼓動、脈拍は感じられない。 震える手でスマートフォンを掴み、救急へ電話をかけた。 3.冷たく向けられた嫌疑 悲しみに浸る時間さえ与えられなかった。 静かで冷たい取調室では刑事の声だけが響いていた。 目の前に座るのは、 刑事の 粟国 赦  (あくに しゃく) 彼の鋭い眼光が、比木の動揺を見逃すまいと突き刺さる。 「比木 木守 (ひき こもり) さん、同居人が亡くなっているのにあなたは隣の部屋で寝ていた……と?」 「薬を、飲んで…それで、寝ていました……」 比木はか細い声で答える。粟国は比木を追い詰めるように身を乗り出した 「いいですか。あなたが目を覚ました時、玄関には鍵が掛かっていた。窓も全て内側から施錠されていた。つまり密室だったんですよ。外部からの侵入者がいない以上、答えは一つしかない」 「私が、やったと……そう言いたいんですか」 「状況だけ見れば、あなたが犯人として有力なんですが…」 粟国は手元の鑑識のレポートを比木に突き出した。 「比木さん、あなたの血中の薬物濃度が、事件当時、眠っていて犯行が不可能だったことを証明しているんですよ」 粟国はため息をついて、言った。 「誰が殺ったかにせよ、只野さんの死因は遅効性の毒物による中毒死。他殺でしょう…」 「とりあえず何か分...

「楽しい」で終われない私のお酒

お酒を飲むとこの世から去りたくなる。 飲んで酔いが回り始めると気分が良いのだが、ふとしたときに「なんで自分なんかが酒を飲んでいるんだろう」「なんで生きているんだろ」とマイナスな考えを抱いてしまう。 今回は、酔った際に生じる「負の感情」についてお話ししようと思います。 1.母とは杯を酌み交わしたくない 私は毎晩晩酌するわけではなく、土曜日の夜に両親と嗜む程度。 父が先に寝て母と二人で飲むと、決まって私の現状についての話になり、口論 に発展しまうことがよくある。 母から「何かやりたいことはないの?」「アルバイトでもやってみたら?」「外に出てみたら?」などといろいろ言われる。 親なので心配してくるのはわかるが、せっかくお酒を楽しんでいるときにそんな話はしないでほしいと思う。 母にしてみれば、そんな時にしか私が話をしないというのもあるのだろうが。 母も酔っているので、自分の考えを押し付けてくる。 私も私で、自分の思いをぶつけてしまう。 シラフであれば面倒くさいと思って受け流すことができるが、酔っているとどうしても私も食ってかかってしまう。 最終的には、母のお決まりの逃げ言葉「私は女だから(あなたのことは)わからない」と言い喧嘩になる。 2時間以上も話し合った末、そんな結論で終わるのは私としては腑に落ちない。むしろ不服である。 「じゃあ、性転換でもすればいいのか」と言い返したくなる。 2.断酒の決意 一時、お酒を飲まなくなった出来事があった。 2025年7月、酷く酔った私は、母に対して一方的に不満を爆発させた。 その時の私は自暴自棄になっており、衝動的に自分の存在を消し去りたいという思いに駆られ、取り返しのつかない行動に出ようとした。 危ういところで母に止められ、事なきを得たが、一歩間違えればという状況だった。 その後も感情の歯止めが利かず、さらに自分を傷つけようと試みたが、幸いにも軽い傷を負うだけで済んだ。 泥酔した私は、そのまま台所の床に崩れ落ち、醜態を晒しながら母の前で泣き喚いた。 その夜は、汚れを落としてから這うようにして眠りについた。 翌日、母は「飲み過ぎたんだよ。私止めれば良かったね、ごめんね、でも楽しかったよ、また飲もうね」と声をかけてくれた。 しかし私は、自分はお酒を飲まない方がいいと痛感し、それ以来、お酒を断つことにした。 3.飲酒解禁 しかし2026年1月...

憂鬱な年末年始

2026年始まってしまいました。 私はイベント事が嫌いですが、その中でも年末年始は特に気分が落ち込みます。 今回は、イベント事の中でも特に嫌いな年末年始について話そうと思います。 1.強制的に振り返らされる 年が変わる際、「去年一年はどうだったか」と強制的に振り返らされる。 そして「 何もない空っぽな一年だった」と悲観してしまう。 現実逃避をしていても、年が変わるという事実は、より時間の進みを感じる。 他のイベント事に比べ、年末年始は関わらないようにしても、どこかで突きつけられる。 テレビの年末年始特番、ネットを開けば「一年ありがとうございました」「一年を振り返る」といった文言が嫌でも目に入り、世の中全体が勝手に一区切りをつけようとしてくる。 年末年始は、特に避けることができないイベントだと思う。 何も成していないため時間を進ませたくないが、そんなことできない。 自分だけ2025年に留まることなんてできないし、 ぼくなつの8月32日みたいなこと現実では起こせない。 というか、一人だけ存在しない日にちとか怖いし… そんなの怖くちぇ漏らちてちまう… 2.昔はこれほど悲観することはなかった 「私がイベント事を忌避する理由」でも話したが、引きこもりになる前は他のイベント同様に年末年始を嫌うことはなかった。 小学生時代、大晦日から年明けまでは毎年決まった流れがあった。 ・大晦日 年末特番を見ながら家族と一年の最後の数時間を過ごし、 23時頃に両親と除夜の鐘を撞きに寺へ向かう。 道中、父は必ずコンビニでフランクフルトを買い、 私と母は温かい飲み物を買ってポッケに入れ、暖を取る。 寺に着くと行列の最後尾に並び、 途中で配られる甘酒をいただく。 私は一口飲めば満足なので、残りは父に渡す。 一歩ずつ鐘撞き堂へ近づき、 私たちの番になり、鐘を撞く。 それから本堂に参拝して寺を後にする。 その後、地元の神社二ヵ所へ参拝して帰宅。 ・元日 昼過ぎに家族と顔を合わせ、「今年一年もよろしくお願いします」と挨拶をしておせちをいただく。 ・二日 父方の祖父の命日のため、墓参りへ。 その後、元日にはいなかった家族も参加し、昼から夜まで食事会が開かれる。 この時に子供の稼ぎ時、お楽しみのお年玉配布がある。 ・三日 母方の祖父母、伯母が家に来て食事をする。 この日に母方の祖父母、伯母からお年玉をいただく...

映画から生じた被害妄想

私が高校1年生の頃、YouTubeで映画『トゥルーマン・ショー』の「ファスト映画」と呼ばれる動画を観た。 映画の内容は、主人公トゥルーマンの生活を本人に気づかれないよう24時間監視・撮影し、それをリアリティ番組として全世界に放送しているという話。 この映画に「面白そうだな」と興味を持ち、いつかファスト映画でなくちゃんと観たいと思っていた。 その後、家族の契約でNetflixを見れるようになってすぐに本編を観た。 とても面白い作品だった。 今回お話しするのは、映画「トゥルーマン・ショー」についての感想ではなく、この映画を視聴したことにより、私自身も主人公トゥルーマンのように「監視され、撮影され、放送されているのではないか」という被害妄想を抱くようになった経緯について話そうと思う。 1.仕組まれた人生 この映画を観るまでは、自分の人生が誰かに仕組まれているなんて考えもしなかった。 しかし、自分の過去を振り返ると、 「あまりに出来すぎていないか?」と思うことがある。 ・短期間に2回もノロウイルスに罹ったこと 専門的なことは判らないが、一度罹れば抗体ができるのではないのか。 1回目と2回目のウイルスが別物だったのではないか。 まるで、私が感染するようにあらかじめ仕組まれていたのではないか。 ・周囲からの精神的攻撃 担任教師、父、父方の祖母。 家族すら親身にならず、ひたすら私を攻撃してきたのは、すべて「演出」されたものなのではないか。 逃げ場のない少年の胸が痛むシーンを演出することで、視聴者を熱中させているのではないか。 ・希死念慮に対する家族の反応 息子から「この世から去りたい(婉曲表現)」と言われたのに対応が軽い気がする。 真剣に寄り添うわけでもなく、かといって突き放すわけでもない。 その「浅はかな対応」さえも、台本通りに動いている気がしてならない。 ・自由に使えない私のお金 私が貯めた50万円を「借用」という形で奪われ、返済もされない。 金銭的な選択肢を奪って行動を制限し、「何もしない人生を終わらせたいダメ人間」というキャラクターを演出したいのではないか……と勘ぐってしまう。 自分を社会不適合者に仕立て上げ、もがき続けている様子を撮影し、自分の知らないところで放送している。 そんな妄想を抱くようになった。 どうせ撮るなら自分みたいな暗いやつよりも、もっと楽しそうなやつを...

ショート動画に騙される

1日のほとんどをYouTubeを見て過ごしている私。 暇つぶしにダラダラと眺めているショート動画には、事実と異なる内容が含まれていることが多いです。 今回は、私がショート動画の「フェイク」に騙された話をしようと思います。 1.暇つぶしに眺めるショート動画 基本的にはお気に入りチャンネルの更新を楽しみにしているのだが、動画の更新は 大抵1日1本。 暇だが何もしたくない私は、 暇をつぶすために、普段なら全く興味が湧かないような動画をダラダラと流し見したりもする。 その興味のない一つがショート動画だ。 海外動画を翻訳してツッコミを入れたりした動画や動物系の動画など、多種多様な動画がおすすめに表示される。 そのショート動画には、嘘の情報や複数の動画をつなげて感動的に仕立て上げたものがある。 2.嘘っぱち動画の蔓延 私が見たことあるのは「オスライオンが自分の死期を悟ると自ら墓穴を掘る」という動画。 実際には狩りの様子を部分的に切り取ったものに、お涙頂戴の嘘タイトルをつけた動画。 当時の私は「野生動物にも崇高な死生観があるんだな」と、その心に響くストーリーを信じたくなってしまったのだろう。 だが実際は、単なるオスライオンの生活サイクルの一部に過ぎなかった。 動物保護系の動画も事実と異なるものが蔓延してる。 保護された個体と、その後の元気になった個体が全く別物だったり、飼い主が別人だったり。 似たような別動画を繋ぎ合わせ、字幕で「ハッピーエンド」に仕立て上げただけの嘘っぱち動画が溢れている。 最近では、生成AIを使ったフェイク動画も存在する。 「夜中、野生動物が庭のトランポリンで遊ぶ様子を監視カメラが捉えた」という動画を見たが、私は初見で生成AI動画だと見抜けなかった。 こうした動画には、テロップが機械翻訳のような不自然な日本語になっているという共通点もある。 3.嘘を広めて赤っ恥をかく 嘘動画を見るだけなら実害はないので構わないが、最近はショート動画に対して少し嫌悪感を抱くようになった。 というのも 、嘘動画を信じて赤っ恥をかいた出来事があった。 ある時、酔っ払っていた私は、母に「オスライオンって自分の死期を悟ると墓穴を掘って終活するらしいよ」と嘘の情報を自慢気に話してしまった。 多分、母も酔っていたのでそんなこと覚えていないと思うが、後にそれがデマだとを知ったとき、私は赤っ恥...

視線を感じたらガンを飛ばせ!弱者による、弱者のための外出ハック

私が引きこもりになった根本的な原因は病気ですが、引きこもりをより加速させた要因があります。 それは他人の視線に対する恐怖です。 今回は、私がなぜ外に出られなくなったのか、そしてその恐怖をどのようにして克服したかについてお話ししようと思います。 1.ゾンビのような肌と、他人の視線 病気になってからは体調が優れず、寝て過ごす日々を送るようになった。 外出せず日光を浴びない生活が続いた結果、久々に外に出て太陽光に照らされた自分の腕は、まるでゾンビのように不健康な白さになっていました。 また父方の祖母からは「Hは肌が白いね。女の子だったらよかったのにね」と今だったら少しアウトな発言をされたこともあった。 たまに通院などで外出すると、すれ違う人の視線を感じることがあった。 「平日の昼間に子供が出歩いているなんて、きっと不登校なんだ」と蔑まれているような気がしたり、「私の肌が白いからジロジロ見てくるんだ」と思い込んだり。 その視線が怖くなり、より一層、家に閉じこもるようになった。 どうしても避けられない法事などの行事で外出する際は、家族の背中に隠れるようにして、体を縮こませながら歩いていた。 2.ニート戦士ダメ人間 逆襲のH この恐怖に対する考え方が変わった転機として、「見てくる人が自分に直接何か言ってくることはない」とふと気がついたことだった。 たとえ視線を感じたとしても、すれ違った後にわざわざ振り返ってまで確認してくることはない。 そう気づいた時、そこまで気にする必要はないのだと思えるようになった。 それから私は開き直った。 「見られるのは何かやられっぱなしのように感じて癪だ。どうせならやり返してやろう」と考え、視線を感じたらむしろ睨み返すことにした。 最初は「なにガンつけてんだ!このクソガキ!」と怒鳴られるかもしれないといった恐怖心があったが、家族と一緒の時に「俺にはバックアップ(家族)がいる。もしもの時は家族を囮に残して逃げよう」と弱者ムーブで挑戦してみた。 意外にも、奴らは睨み返されるとすぐに目線を逸らす。 それに気づいてからは「なんだ、大したことないじゃん」と手のひらを返し、 視線を感じたら睨み返すようになった。 そのたびに心の中で「フン!!オレの勝ちだ!」と、まるでゲーム感覚で考えるようになり、家族の背中に隠れながら歩くことも減った。 さらに、「俺がこの世界の主人...

青春コンプレックス、失われた時間による呪縛

青春コンプレックスとは 自分が経験できなかった「学生時代の青春」を、他の者が享受していることに対して抱く劣等感。 今回は、ここ数年で私の中に芽生え始めた負の感情、「青春コンプレックス」についてお話ししようと思います。 1.不登校の経験が生んだ、数年越しのデバフ 私にとってのこの感情の根源は「もし不登校にならなければ、今の暗い自分にならずに済んだのに」という、終わりのない後悔にある。 街中で学生を見かけると、自分の空白の過去を思い出してしまい、どうしても悲観的な思考に陥ってしまう。 学生たちは何も悪くはない。 彼らはただ、今という時間を謳歌しているだけだ。 それなのに、「その青春を私も経験できたかもしれない」と、今さらどうしようもない仮定を、呪文のように繰り返してしまう。 現実だけではなく、学園を舞台にしたフィクション作品に対しても、青春コンプレックスを感じてしまう。 「面白そうだな」と興味を持って見始めても、結局はキャラクターたちの眩しさと自分との差に打ちのめされるだけ。 誰かに感想を求められても、作品の良し悪しではなく、自分の内側に湧き出たドロドロとした愚痴しか出てこない。 フィクションだと分かっていても、「こんなクラスメイトがいるなら、俺も不登校にならず学校行ってたよ」と、虚しい独り言のような愚痴をこぼしてしまう。 2.対処法のない苦しさ 現状を変えようと、1カ月ほど週に一度の散歩を試みたことがあった。 しかし、下校中の学生たちが楽しげに話す姿や、風に乗って聞こえる部活動の音が、自分の過去を思い出させ、悲しくなってしまう。 結局、その辛さに耐えきれず、散歩をやめてしまった。 平日に外を出歩けば、嫌でも学生の姿が目に入る。 この先、学生を見たときに生じるこの青春コンプレックスへの対処法を見つけられない限り、外に出ること自体がさらに億劫になっていくだろう。 もう不登校だった6年間は、帰ってこない。 自立した生活を送れるようになれば、このコンプレックスは消えるのかもしれない。 しかし、今は何に対しても気力が湧かず、将来を考えても不安や悲観的な考えしか頭に湧かず、嫌になってしまう。 「気づいた時には、数年経っているかもしれない」 そう考えると、より不安や恐怖が心の底から滲み出て、何も考えたくなくなり、思考を停止させたくなってしまう。 3.「青春」という名の幻想 私は青春...