投稿

残光を探して(創作話) 製作秘話

2026年1月30日、朝目覚めると同時に頭の中に一つの題材が浮かんだ。 (引きこもりが寝ている間に同居人が何者かに殺害される……これ、面白くね?) 夢で見たのか、起きてすぐ思い立ったのかは覚えていないが、とにかく話を書いてみようと思い、スマホを手に取り、Blogger の下書きに書けることを書いた。 今回は、私が書いた「残光を探して(創作話)」の製作過程についてお話ししようと思います。 1.行き詰まりと「救世主 Gemini 」 まずは何となくキャラクター設定やおおまかな話の流れを書いた。 書いていくうちに話の流れが詰まってしまい諦めようとしたが、AIを使ってみようと思い、Google のAI「Gemini」にその時点で書けている設定をコピー&ペーストしてお話を書いてもらった。 何度か書いてもらうたびに素晴らしいものがいくつも出来上がるのだが、明らかに本を読まないHには存在しない語彙力、文章力だらけで(これをこのまま使うのは自分が書いたものとは言えない)という一丁前のプライドが発動し、部分的に使わせてもらい、話を書き上げようと思い立った。 ちなみに最初はトリック物にしようと思ったが、殺害、密室トリックを主人公が解く話の流れを思いつかなかったので、探偵的なお話に変えました。 2.話の下書き 実際にGemini にコピー&ペーストした設定をここに貼ろうと思う。 「「「ここから設定」」」 比木木守(ひき こもり) 男 webライター 主人公 昔から人付き合いが苦手で内気な性格 引きこもり、在宅仕事で収入はある 只野良子(ただの りょうこ) 女 webサイト編集者 やられ役 ただの聖人、良い人、比木木守とは仕事で関わり、そこから仲良くなる 粟国赦(あくに しゃく) 男 刑事 比木木守サポート役  最初は比木木守を疑うが、途中からは事件解決に比木木守と協力する 浦見亜心(うらみ あこ) 女 webサイト編集者(同僚) 犯人 事件前 只野良子と面識あり、比木木守とは面識なし 事件後 比木木守も口封じに殺害しようとする 動機 仕事上の恨み(成績) ひねくれもの、只野良子に対する劣等感が強い、誰にでも優しい只野良子に嫌悪感を抱いている 引きこもり「比木木守(ひき こもり)」と同居する社会人「只野良子(ただの りょうこ)」が自宅で何者かに殺害される。 只野良子死亡時、...

残光を探して (創作話)

1.暗雲が立ち込める朝 窓を叩く雨の音で目が覚めた。 ぼんやりとした視界の先、窓の向こう側は、 まるで自分の心境と同じような灰色だった。 起き上がろうとしたが、体が鉛のように重い。昨夜、現実から逃げるように飲み込んだ薬のせいだろう 。 昨日の夜はつらかった。 消せない不安や振りほどけない悲観的な考えが頭を巡って、ただただ苦しかった。 その思考を無理やり止めるために、処方薬を飲み、布団に沈みこんだ。 重い体を引きずって、乾いた喉を潤そうと居間へ向かった。 視界はぐらつき、足取りはおぼつかなかった。 2.崩れた平穏 いつもなら、同居人 只野良好 (ただの りょうこ) が淹れた、コーヒーの香りが漂ってくるはずだが、今日はしない。 それどころか、人の気配すらない。 「きっとまだ自室で休んでいるのだろう」 そう思った束の間、床に白く青ざめた足が見えた。 比木は恐る恐る声を掛けた。 「りょ…良好さん?大丈夫ですか…?」 体を揺さぶっても反応がなく、岩のように動かず、 体が冷たい。 首筋や手首を触っても命の鼓動、脈拍は感じられない。 震える手でスマートフォンを掴み、救急へ電話をかけた。 3.冷たく向けられた嫌疑 悲しみに浸る時間さえ与えられなかった。 静かで冷たい取調室では刑事の声だけが響いていた。 目の前に座るのは、 刑事の 粟国 赦  (あくに しゃく) 彼の鋭い眼光が、比木の動揺を見逃すまいと突き刺さる。 「比木 木守 (ひき こもり) さん、同居人が亡くなっているのにあなたは隣の部屋で寝ていた……と?」 「薬を、飲んで…それで、寝ていました……」 比木はか細い声で答える。粟国は比木を追い詰めるように身を乗り出した 「いいですか。あなたが目を覚ました時、玄関には鍵が掛かっていた。窓も全て内側から施錠されていた。つまり密室だったんですよ。外部からの侵入者がいない以上、答えは一つしかない」 「私が、やったと……そう言いたいんですか」 「状況だけ見れば、あなたが犯人として有力なんですが…」 粟国は手元の鑑識のレポートを比木に突き出した。 「比木さん、あなたの血中の薬物濃度が、事件当時、眠っていて犯行が不可能だったことを証明しているんですよ」 粟国はため息をついて、言った。 「誰が殺ったかにせよ、只野さんの死因は遅効性の毒物による中毒死。他殺でしょう…」 「とりあえず何か分...

父への嫌悪感

イメージ
私は父に対して、少し嫌悪感を抱いている。 原因は、不登校なりたての頃に浴びせられた罵声の日々にある。 今回はいまだに私の中に残留する父に対する嫌悪感について話そうと思います。 1.私には甘い父 生まれた時から父が嫌いだったわけではない。 むしろ、私が幼い頃は、よく甘やかされていた。 私が幼稚園児の頃は、父の膝の上で夕食を食べていた。 ある日、私が食べ物で遊んでいると、父が「H、食べ物で遊んではいけないよ」と優しく注意した。 その時、私はムッとして、手に持っていた牛乳を父に向けて掛けた。 兄たちは、父は怒りっぽい人だと知っていたため、私が牛乳を掛けたことでちゃぶ台返しをすると思い、慌ててテーブルを押さえたらしい。 しかし、父は手拭きで顔を拭きながら、「H、食べ物を人に掛けてはいけないよ」と優しく注意して終わった。 兄たちは、父が怒らなかったことに驚いていた。 2.嫌悪感の芽生え 父に対しての嫌悪感が湧いたのは、 不登校になってからだ。 毎晩の夕食時、父と祖母(父方)から「早く学校へ行け!」「サボるな!」「具合が悪いなら治るまでずっと入院してろ!」といった言葉を浴びせられるようになった。 この時に父と祖母(父方)に対しての嫌悪感と恐怖心が湧いた。 その後、両親とカウンセリング等を受けてからは、父が私に刺々しい言葉を言うことはなくなった。 徐々に父に対しての恐怖心は無くなったが、今も嫌悪感は少し残っている。 3.平日に湧き出る父への不快感 平日、父が内職で家にいると不快に感じる。 父が居間にいると、水分も食事も摂らずにあえて自室で寝続けて過ごしてしまう。 特に何か言われるわけではないのだが、昔のトラウマなのか、顔を会わせないようにしてしまう。 休日なら問題なく会話できるのだが、平日の朝などは、挨拶や「朝は何食べるんだ?」などの言葉がうるさく感じてしまう。 私が「おはよう」と返せば良いのだが、声を張ることに慣れておらず、相手に届かなかった時のことを考えてしまい、無視することを選んでしまう。 また、朝食は自分で作ることが多いが、失敗した料理を見られて「あーだこーだ」と言われるのが嫌なので、父が居る時は自室で寝続ける選択をしてしまう。 平日の午前中、家族は仕事で居ないので何にも気を使わなくていい一人時間ができる。 その時間帯に父が居ると「私だけの時間」が無くなり、不快に感じてし...

二度と会いたくない人 S.K

私の人生で二度と会いたくない人が一人いる。 小学5、6年生の時の担任S.Kだ。 「不登校(小学生編)」を書いていて、S.Kに対する恨みが募ってきたので、書いて昇華しようと思います。 今回はそんなS.Kについて話します。 S.Kとの話は こちら 1.数年経っても消えなかった恨み 小学校卒業後は一度も会っていないが、S.Kのことは数年恨んでいた。 ・呪詛に近い、S.Kへの願い 人生のどん底を味わうような出来事が起きればいいのに、 平穏な日常がすべて崩れ去ってしまえばいいのに、 周りから理不尽な扱いを受ければいいのに、 この世のあらゆる不運を凝縮したような目に遭えばいいのに。 社会的な地位を失い、誰からも信頼されず、最悪の不運に見舞われればいい。 私が受けた傷と同等の報いを受けるべきだと、それほどまでに強く願っていた。 S.Kが担任でなければ学校に通うことができたとは思えない。 しかし、S.Kと出会わなければ、進級するたびに担任教師に対する不安を感じることはなかったと思う。 こいつは私の暗澹とした人生に、余計な不安材料を増やしやがった。 ただ、こいつからは「大人は誰しもいい人ではない」ということを勉強させてもらった。 それぐらいしか、こいつから学んだことはない。 2.三兄から聞いた数年後のS.K 実は、三兄が小学5、6年生の時の担任はS.Kだった。 私の担任がS.Kになったと聞くと、三兄は「S.K先生はいい先生だよ」と言っていた。だが、 実際はそんなことはなかった。 兄にとっては「いい先生」でも、私にとってはあまりにも反りが合わない、受け入れがたい人間だった。 三兄が大人になり、小学生の頃に学校行事で埋めたタイムカプセルを、同級生たちと一緒に掘り起こすために学校に集まることになった。 私もそのタイムカプセルに将来の自分への手紙を入れていたので、三兄に「Hも来るか?」と誘われたが、S.Kがいたら会いたくないので断った。 その後、三兄が私の分の手紙も持って帰ってきてくれた。 三兄から聞いた話だと、S.Kが来ていたそう。 掘り起こしが終わった後、三兄と同級生、S.Kで飲みに行ったらしい。 そこでS.Kが三兄に「Hくん、まだ病気良くならないの?心配してるのよ」などと、のうのうと言い放っていたらしい。 何を今になって心配しているのか知らないが、自分がしてきたことに対しては反省してい...

引きこもりが自宅でできること10選

約10年引きこもり(2026年現在、記録更新中)の私が、自身の豊富な経験をもとに「引きこもりが自宅でできること」を紹介しようと思います。 ​※本記事はあくまで私の経験談であり、情報の 信憑性は皆無 です。 「おっ、いいじゃん」と気になったものがあれば、各々で詳しく調べてみてください。 1.家事(料理・掃除・洗濯) ・料理 私は自分の朝食、たまに昼食も自炊しています (食べない日も多いですが…)。 冷蔵庫にある食材でレシピを検索し、 見よう見まねで作る。 そのレシピを気に入れば次回以降は自分好みにアレンジする。 この試行錯誤が意外と楽しいです。 家族に振る舞うのも良いかもしれません。 ちなみに、使った道具や食器を自分で洗うところまでがセットです。 ・掃除 家全体を掃除するのは億劫なので、 自室だけで済まします。 私は実家を出たことがない「両親寄生人」なので、基本は自室のみ。 埃を掃除すれば、鼻のムズムズが解消されて、くしゃみも減るよ。 ・換気 引きこもりは家にいることがデフォルトなので、空気がこもって部屋が臭くなりがちです。 1日1回、窓を開けて換気をしよう。 空気の入れ換えは気分的にも良い。 ただし、時期によっては花粉などが入ってくるため気をつけよう。 ・洗濯 私はたまに洗濯物を畳んだりします。 稀に土日祝日の夜更かしついでに明け方の洗濯物を干したりします。 両親に休日少しでも休んでもらえたらという、私なりにできる精一杯の気持ちです。 「Hが自立してくれた方が親としては嬉しいはずだよ」と読者の皆さんは思うかもしれませんが、 おめぇさんそれを言っちゃぁおしめぇよ。 2.創作物(アニメ・映画・ドラマ)鑑賞 私は家族が契約しているNetflixで創作物鑑賞をしています。 土日祝日の前夜は朝まで夜更かしをして作品を観る。 そのせいでその後の一週間、昼夜逆転してしまうことがよくあるが…。 また、YouTubeで ゲーム実況や音楽フェスのライブ映像をよく観ます。 というか引きこもりの大半はこういうことばっかして過ごしていると思いますが…。 YouTubeでは、版権会社などの公式が期間限定でアニメやドラマを無料公開していることもあります。 最近だとYouTube公式の「映画」のページで無料で観れる物もあります。 人気の作品やB級映画が無料で観られるので、サブスク未契約の人にもおす...

不登校経験者が語る、不登校児がやるべきこと5選

私の不登校経歴 詳しくはこれらを読んでください 引きこもり生活の始まり「逆流性食道炎」 、 不登校(小学生編) 、 中学生編 、 高校生編 はじめに 不登校を経験してまず思ったのは、 「一番良いのは学校に行くこと」 だということです。 当たり前のことかもしれませんが、学校に通っていれば、担任とのいざこざや、学力不足による高校受験の選択肢の制限など、余計な苦労をせずに済んだはずだからです。 しかし、大半の不登校児童は「行きたくない」あるいは「行けない」からこそ、苦しんでいる。 私自身もそうでした。 そこで、私の実体験から「不登校期間中でもこれだけはやっておくべきこと」を5つにまとめて書き記します。 1.勉強を継続しよう 私は病気が原因で引きこもり、不登校になりました。 体調が悪くなにもできない日もありましたが、動ける日もありました。 当時の私はそんな日をゲームだけをして潰してしまいましたが、今振り返れば「自分ができる範囲で少しでも勉強しておくべきだった」と痛感しています。 自宅が難しければ、図書館へ行くのも手です。 不登校であっても「引きこもり」になる必要はありません。 周りの視線が気になるかもしれませんが、他人が何かを言ってくることはまずないので、気にする必要はありません。 2.意識的に運動をしよう 自宅や公園などで、週1回でも良いので軽い運動を取り入れましょう。 不登校(高校生編)でも書いてありますが、長年の引きこもり生活によって私の体力は著しく低下しました。 健康を維持し、汗をかいてリフレッシュするためにも、最低限の運動習慣は不可欠です。 3.時間のメリハリをつけよう 学校に通っていれば「45分授業・5分休憩」と自動的に時間に生活にリズムが生まれますが、不登校だとそうはいきません。 自分でカリキュラムを組むのが理想ですが、難しければまずは「食事」「勉強」「睡眠」の時間を固定することから始めてください。 一度染み付いた自堕落な生活習慣を正すのはとても難しいです。 「落ちぶれない」という強い意志を持って、時間を意識しましょう。 4.熱中できる趣味を見つけよう ​勉強や規則正しい生活も、楽しみがなければ長続きしません。 私は近所の学校から聞こえるチャイムの音に、自分を責めて苦しむ時期がありました。 しかし、何かに熱中している間は、不登校という負い目を忘れることができま...

不登校(高校生編)

1年の浪人を経て、チャレンジスクールへ進学、10カ月通った後に再び不登校に戻り、 そして引きこもり無職へ。 今回は通算6年に及ぶ不登校生活、最後の1年の「高校生時代」についてお話しようと思います。 1.始まらない高校生活 高校受験では1年浪人したため、大学受験では同じ轍を踏まないように高校生活は青春を楽しむより勉強を頑張ろうと思っていた。 4月から高校生活が始まると思っていたが、新型コロナウイルスの緊急事態宣言により入学式が中止され、6月まで自宅学習に。 自宅学習期間は学校から教材が送られてきて、宿題も出された。 時々、会ったことのない担任の先生から「規則正しい生活を送れているか」などのよくある質問に答えるだけの電話があった。 塾もオンライン授業だけになったので、外出が減った。 5月の終わりに、担任の先生から「6月から通常授業が始まります」と連絡があった。 高校生活の初日は、教師と生徒だけ参加の簡単な入学式のようなものだった。 椅子に座って校長先生の話を聞き、担任の先生から予定表などを受け取って終わった。 他の生徒は半袖のYシャツを着ていたが、私は長袖のYシャツで登校した。 帰り際、校長先生に「今日は長袖暑いだろ!水分取って気をつけて帰れよ!」と言われた。 6月の曇りの日はまだ寒いだろうと思っていたが歩けば暑かった。 長らくひきこもっていた私は今日は気温が何度と言われても何を着れば快適かわからなかった。 高校での数学と英語の授業は基礎的なことしかやらなかった。 コロナの影響による授業の遅れを取り戻すためなのか、1年生だからなのかはわからなかった。 私は塾で数学と英語を学んでいたので高校の授業ではもっと発展的なことも教えてほしいと思っていた。(わがまま) 数学と英語以外は知らないことばかりだったので学びを得られて楽しかった。 2.謎の視線と、体力不足 同じクラスメイトで私のことをジロジロ見てくる女子Oがいた。 私がOの方に向くと、彼女は他の方に視線を逸らし、私が別の方を向くと彼女からの視線を感じる。 最初、ひきこもりによる私の肌の白さを物珍しく見ているのかなと思っていたが、何ヵ月経っても見てくるため、私が何か悪いことでもしたのかと不安になった。 体力測定があった。 腹筋を1分間に何回できるかや、シャトルランの回数など、いろいろなテストがあった。 最後の長距離走で私は倒...