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Hの音楽遍歴

昔々、私は音楽があまり好きではなかった。 学校の音楽の授業で、一人ずつ歌わされる時間が苦痛で仕方なかった。 しかし、それ以前に音楽を嫌いになった出来事がありました。 今回は、私がどのようにして音楽を嫌いになり、そして好きになったのかをお話ししようと思います。 1.音楽を嫌いになった出来事 きっかけは、初めて連れて行ってもらったカラオケだった。 当時、6歳か7歳だった私は、初めての場所に興奮してはしゃぎ回っていた。 その勢いで私の手が父のビールジョッキに当たり、中身をこぼしてしまった。 そのことで、 父にはえらく怒られた。 それ以来、私は「音を楽しむ」ことがなくなった。 それから約11年間、私がカラオケには行くことはなかった。 そもそも音楽に限った話ではなく、私は全てにおいて 人前で何かをするのが苦手だった。 特に何かを「披露する」ことが嫌いで、 失敗した時に周囲からとやかく言われるのが不快だった。 何事も一人きりの環境で行いたいと、昔から思っていた。 2.音楽を好きになったきっかけ そんな私 が、音楽に興味を持つきっかけがあった。 ある時、テレビで流れた「 なかやまきんに君」のマグマスパゲッティのネタを見て、そこで使われていたBon joviの「 It's My Life  」を気に入った。 この当時はまだスマホを持っておらず、自分で音楽を聴く手段がなかった。そのため、三兄のスマホを借りては、その曲を聴かせてもらっていた。 中学生になり、自分のスマホを持つようになると、 YouTubeでEDMに出会い、日常的に音楽を聴くようになった。 EDMとの出会いについては長くなりそうなので、音楽(EDM編)にてお話しします。 3.嫌いなカラオケでの出来事 三兄と釣りに行く際、車内のオーディオにスマホを繋いで音楽を流すことがあった。 私は洋楽ばかり好んで聴いていたため、邦楽はあまり流さなかったのだが、 私の好きな曲を流しても三兄は無反応。 そこで私は、なるべく三兄も知っていそうな曲を探して流すようになった。 ある時、H Jungle with tの「 WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~ 」 を流した。 すると三兄が「H、この曲知ってるなら今度カラオケで歌えよ」と言ってきた。 カラオケ嫌いの私は「まずその場に行くことはないだろう」と思っていた...

「おじさん構文」についての考察

ある日、ふと思った。「おじさん構文って、入力するのめちゃくちゃ大変じゃない?」と。 今回は、実際におじさん構文を書いてみて感じたことをお話ししていこうと思います。 1.おじさん構文について 「 おじさん文章ジェネレーター 」なるものやネット上の画像を参考に、おじさん構文について感じた特徴は以下の通り。 おじさん構文の主な内容は、「自分語りの日記」「相手への詮索」「セクハラまがいの言動」「相手との面会希望」など。 特徴は、読むだけで胃もたれしそうな独特な文体、そして大量の絵文字。 2.おじさん構文を書いてみた 試しにネットの例文を参考に、自分でおじさん構文を書いてみた。 ・Hが書いてみたおじさん構文 どうも❗❗、Hデス😀✋って知ってるか😅💦今回はおじさん構文を自分で書いて✏️みたよ😤💪⤴️⤴️どうカナ❔❔おじさん👴頑張っちゃったヨ(*´σー`)✨👊✨ホンモノに似ているカナ❔❔これを読んだ📖読者チャン💕に不快感😱👎️💩を与えられたら、おじさん冥利に尽きます🤩👍️もしおじさん👴のことを不快になっても、❗「ダメ人間Hのブログ」❗のことは嫌いにならないでください🥺🙏❗❗ってどっかのアイドル✨じゃないんだから(笑)🤣😂書いてみて✏️思ったケド、世の中🗾のおじさん👴たちはコレをナチュラル書けて✏️いるのはなにかの才能✴️🎵だよネ❗❗おじさん👴たちはスゴイ😤⤴️⤴️ってことは😲❗❔おじさん👴のぼくチン😁もスゴイ😳❗🎵ってこと❔照れちゃうナァ~(*/∀\*)キャー、この文章📃を読んだ📖ことで読者チャン💕の体調が不調🤢にならないことをおじさん👴、願ってる🌠ヨ、バイバイ😌👋💕 3.おじさん構文は「中身がない」 実際に書いてみて思ったのは、手間がある。 文字だけなら大したことないが、大量の絵文字や独特な語尾のカタカナ変換がとにかく面倒。 わざわざ「ハート」と入力して変換候補から絵文字を探す。 そんなことをしなくても用件は伝わるはずなのに、なぜか入れる。 そもそもおじさん構文は、絵文字などがなければ「中身がない」文章だと思う。 相手と対話をしたいわけではなく、ただおじさん自身の気持ちを伝えたいだけの「一方通行の文章」だと、参考文章を見て感じた。 なぜおじさんたちはこんな面倒なことをするのか? それは、文面だけで相手へ...

思考の悪い癖「後悔」

自分の過去、特に学生時代については後悔ばかりしてしまいます。 今の私にとって後悔とは、気づきを与えてくれるものではなく、ただ気分を落ち込ませるトリガーでしかない。 そう分かっていても繰り返してしまう悪い癖が私にはあります。 今回は自分の悪い癖「後悔」について話そう思います。 1.夢によって後悔に苛まれる 現実に起きたことは過去のことだからと考えないようにしても、夢に出てきて苦悩する。 最近の出来事が夢に出てきても大丈夫だが、学生時代の光景が舞台になると悲しくなる。 夢の中の出来事なので、ほとんどが存在しない記憶だ。 それでも、 もしあの時学校に行っていれば経験できたかもしれない「ifの世界」を見せつけられるのはとても苦痛でしかない。 そんな夢を見た朝は、決まって気分が落ち込む。 布団から出ようとせず、現実逃避のために、ただひたすら寝続けてしまう。 2.主な後悔 私の学生時代には、それぞれの後悔がこびりついています。 ・小学生時代 :  痛み止めを飲んででも、学校に行ける日には行けばよかった。 ・中学生時代 : 不登校でもいいから、せめて勉強だけは頑張っていればよかった。 ・高校生時代 : 学業だけに専念するのではなく、人間関係を築けばよかった。 学校生活に慣れてきたら部活に入ればよかったし、 学業に嫌になってもやめなければよかった。 もっと、学業以外の何かを楽しめばよかった。 「◯◯しとけばよかった」だらけの学生時代。 何か一つでも「あの時こうしててよかったな」と学生時代の出来事で思えることがあればいいのだが、今の私には何も見つけられない。 3.タラレバばかりしてしまう 過去を悔やんでも変えることはできず、先にしか活かせないとわかっていても、考えてしまう。 タラレバは過去の自分を否定しているように感じる。 その当時の自分は、ただのほほんと過ごしていたわけではなく、様々な苦悩や経験があったとわかってはいるが、その結果が今の自分だと思うと、やはりタラレバをしてしまう。 最近では日常の些細なことでも「タラレバ」をしてしまう。 「早く起きていれば、アニメがもう一話観れたのに」といった、「もう少し早くなにかをしていれば」という考えても意味がないことを考えてしまう。 4.思考の癖への解決法 引きこもりになってから、自責の念を持つようになり、そこから後悔ばかりするようにな...

残光を探して(創作話) 製作秘話

2026年1月30日、朝目覚めると同時に頭の中に一つの題材が浮かんだ。 (引きこもりが寝ている間に同居人が何者かに殺害される……これ、面白くね?) 夢で見たのか、起きてすぐ思い立ったのかは覚えていないが、とにかく話を書いてみようと思い、スマホを手に取り、Blogger の下書きに書けることを書いた。 今回は、私が書いた「残光を探して(創作話)」の製作過程についてお話ししようと思います。 1.行き詰まりと「救世主 Gemini 」 まずは何となくキャラクター設定やおおまかな話の流れを書いた。 書いていくうちに話の流れが詰まってしまい諦めようとしたが、AIを使ってみようと思い、Google のAI「Gemini」にその時点で書けている設定をコピー&ペーストしてお話を書いてもらった。 何度か書いてもらうたびに素晴らしいものがいくつも出来上がるのだが、明らかに本を読まないHには存在しない語彙力、文章力だらけで(これをこのまま使うのは自分が書いたものとは言えない)という一丁前のプライドが発動し、部分的に使わせてもらい、話を書き上げようと思い立った。 ちなみに最初はトリック物にしようと思ったが、殺害、密室トリックを主人公が解く話の流れを思いつかなかったので、探偵的なお話に変えました。 2.話の下書き 実際にGemini にコピー&ペーストした設定をここに貼ろうと思う。 「「「ここから設定」」」 比木木守(ひき こもり) 男 webライター 主人公 昔から人付き合いが苦手で内気な性格 引きこもり、在宅仕事で収入はある 只野良子(ただの りょうこ) 女 webサイト編集者 やられ役 ただの聖人、良い人、比木木守とは仕事で関わり、そこから仲良くなる 粟国赦(あくに しゃく) 男 刑事 比木木守サポート役  最初は比木木守を疑うが、途中からは事件解決に比木木守と協力する 浦見亜心(うらみ あこ) 女 webサイト編集者(同僚) 犯人 事件前 只野良子と面識あり、比木木守とは面識なし 事件後 比木木守も口封じに殺害しようとする 動機 仕事上の恨み(成績) ひねくれもの、只野良子に対する劣等感が強い、誰にでも優しい只野良子に嫌悪感を抱いている 引きこもり「比木木守(ひき こもり)」と同居する社会人「只野良子(ただの りょうこ)」が自宅で何者かに殺害される。 只野良子死亡時、...

残光を探して (創作話)

1.暗雲が立ち込める朝 窓を叩く雨の音で目が覚めた。 ぼんやりとした視界の先、窓の向こう側は、 まるで自分の心境と同じような灰色だった。 起き上がろうとしたが、体が鉛のように重い。昨夜、現実から逃げるように飲み込んだ薬のせいだろう 。 昨日の夜はつらかった。 消せない不安や振りほどけない悲観的な考えが頭を巡って、ただただ苦しかった。 その思考を無理やり止めるために、処方薬を飲み、布団に沈みこんだ。 重い体を引きずって、乾いた喉を潤そうと居間へ向かった。 視界はぐらつき、足取りはおぼつかなかった。 2.崩れた平穏 いつもなら、同居人 只野良好 (ただの りょうこ) が淹れた、コーヒーの香りが漂ってくるはずだが、今日はしない。 それどころか、人の気配すらない。 「きっとまだ自室で休んでいるのだろう」 そう思った束の間、床に白く青ざめた足が見えた。 比木は恐る恐る声を掛けた。 「りょ…良好さん?大丈夫ですか…?」 体を揺さぶっても反応がなく、岩のように動かず、 体が冷たい。 首筋や手首を触っても命の鼓動、脈拍は感じられない。 震える手でスマートフォンを掴み、救急へ電話をかけた。 3.冷たく向けられた嫌疑 悲しみに浸る時間さえ与えられなかった。 静かで冷たい取調室では刑事の声だけが響いていた。 目の前に座るのは、 刑事の 粟国 赦  (あくに しゃく) 彼の鋭い眼光が、比木の動揺を見逃すまいと突き刺さる。 「比木 木守 (ひき こもり) さん、同居人が亡くなっているのにあなたは隣の部屋で寝ていた……と?」 「薬を、飲んで…それで、寝ていました……」 比木はか細い声で答える。粟国は比木を追い詰めるように身を乗り出した 「いいですか。あなたが目を覚ました時、玄関には鍵が掛かっていた。窓も全て内側から施錠されていた。つまり密室だったんですよ。外部からの侵入者がいない以上、答えは一つしかない」 「私が、やったと……そう言いたいんですか」 「状況だけ見れば、あなたが犯人として有力なんですが…」 粟国は手元の鑑識のレポートを比木に突き出した。 「比木さん、あなたの血中の薬物濃度が、事件当時、眠っていて犯行が不可能だったことを証明しているんですよ」 粟国はため息をついて、言った。 「誰が殺ったかにせよ、只野さんの死因は遅効性の毒物による中毒死。他殺でしょう…」 「とりあえず何か分...

父への嫌悪感

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私は父に対して、少し嫌悪感を抱いている。 原因は、不登校なりたての頃に浴びせられた罵声の日々にある。 今回はいまだに私の中に残留する父に対する嫌悪感について話そうと思います。 1.私には甘い父 生まれた時から父が嫌いだったわけではない。 むしろ、私が幼い頃は、よく甘やかされていた。 私が幼稚園児の頃は、父の膝の上で夕食を食べていた。 ある日、私が食べ物で遊んでいると、父が「H、食べ物で遊んではいけないよ」と優しく注意した。 その時、私はムッとして、手に持っていた牛乳を父に向けて掛けた。 兄たちは、父は怒りっぽい人だと知っていたため、私が牛乳を掛けたことでちゃぶ台返しをすると思い、慌ててテーブルを押さえたらしい。 しかし、父は手拭きで顔を拭きながら、「H、食べ物を人に掛けてはいけないよ」と優しく注意して終わった。 兄たちは、父が怒らなかったことに驚いていた。 2.嫌悪感の芽生え 父に対しての嫌悪感が湧いたのは、 不登校になってからだ。 毎晩の夕食時、父と祖母(父方)から「早く学校へ行け!」「サボるな!」「具合が悪いなら治るまでずっと入院してろ!」といった言葉を浴びせられるようになった。 この時に父と祖母(父方)に対しての嫌悪感と恐怖心が湧いた。 その後、両親とカウンセリング等を受けてからは、父が私に刺々しい言葉を言うことはなくなった。 徐々に父に対しての恐怖心は無くなったが、今も嫌悪感は少し残っている。 3.平日に湧き出る父への不快感 平日、父が内職で家にいると不快に感じる。 父が居間にいると、水分も食事も摂らずにあえて自室で寝続けて過ごしてしまう。 特に何か言われるわけではないのだが、昔のトラウマなのか、顔を会わせないようにしてしまう。 休日なら問題なく会話できるのだが、平日の朝などは、挨拶や「朝は何食べるんだ?」などの言葉がうるさく感じてしまう。 私が「おはよう」と返せば良いのだが、声を張ることに慣れておらず、相手に届かなかった時のことを考えてしまい、無視することを選んでしまう。 また、朝食は自分で作ることが多いが、失敗した料理を見られて「あーだこーだ」と言われるのが嫌なので、父が居る時は自室で寝続ける選択をしてしまう。 平日の午前中、家族は仕事で居ないので何にも気を使わなくていい一人時間ができる。 その時間帯に父が居ると「私だけの時間」が無くなり、不快に感じてし...

二度と会いたくない人 S.K

私の人生で二度と会いたくない人が一人いる。 小学5、6年生の時の担任S.Kだ。 「不登校(小学生編)」を書いていて、S.Kに対する恨みが募ってきたので、書いて昇華しようと思います。 今回はそんなS.Kについて話します。 S.Kとの話は こちら 1.数年経っても消えなかった恨み 小学校卒業後は一度も会っていないが、S.Kのことは数年恨んでいた。 ・呪詛に近い、S.Kへの願い 人生のどん底を味わうような出来事が起きればいいのに、 平穏な日常がすべて崩れ去ってしまえばいいのに、 周りから理不尽な扱いを受ければいいのに、 この世のあらゆる不運を凝縮したような目に遭えばいいのに。 社会的な地位を失い、誰からも信頼されず、最悪の不運に見舞われればいい。 私が受けた傷と同等の報いを受けるべきだと、それほどまでに強く願っていた。 S.Kが担任でなければ学校に通うことができたとは思えない。 しかし、S.Kと出会わなければ、進級するたびに担任教師に対する不安を感じることはなかったと思う。 こいつは私の暗澹とした人生に、余計な不安材料を増やしやがった。 ただ、こいつからは「大人は誰しもいい人ではない」ということを勉強させてもらった。 それぐらいしか、こいつから学んだことはない。 2.三兄から聞いた数年後のS.K 実は、三兄が小学5、6年生の時の担任はS.Kだった。 私の担任がS.Kになったと聞くと、三兄は「S.K先生はいい先生だよ」と言っていた。だが、 実際はそんなことはなかった。 兄にとっては「いい先生」でも、私にとってはあまりにも反りが合わない、受け入れがたい人間だった。 三兄が大人になり、小学生の頃に学校行事で埋めたタイムカプセルを、同級生たちと一緒に掘り起こすために学校に集まることになった。 私もそのタイムカプセルに将来の自分への手紙を入れていたので、三兄に「Hも来るか?」と誘われたが、S.Kがいたら会いたくないので断った。 その後、三兄が私の分の手紙も持って帰ってきてくれた。 三兄から聞いた話だと、S.Kが来ていたそう。 掘り起こしが終わった後、三兄と同級生、S.Kで飲みに行ったらしい。 そこでS.Kが三兄に「Hくん、まだ病気良くならないの?心配してるのよ」などと、のうのうと言い放っていたらしい。 何を今になって心配しているのか知らないが、自分がしてきたことに対しては反省してい...