二度と会いたくない人 S.K
私の人生で二度と会いたくない人が一人いる。
小学5、6年生の時の担任S.Kだ。
「不登校(小学生編)」を書いていて、S.Kに対する恨みが募ってきたので、書いて昇華しようと思います。
今回はそんなS.Kについて話します。
S.Kとの話はこちら
1.数年経っても消えなかった恨み
小学校卒業後は一度も会っていないが、S.Kのことは数年恨んでいた。
・呪詛に近い、S.Kへの願い
人生のどん底を味わうような出来事が起きればいいのに、
平穏な日常がすべて崩れ去ってしまえばいいのに、
周りから理不尽な扱いを受ければいいのに、
この世のあらゆる不運を凝縮したような目に遭えばいいのに。
社会的な地位を失い、誰からも信頼されず、最悪の不運に見舞われればいい。
私が受けた傷と同等の報いを受けるべきだと、それほどまでに強く願っていた。
S.Kが担任でなければ学校に通うことができたとは思えない。
しかし、S.Kと出会わなければ、進級するたびに担任教師に対する不安を感じることはなかったと思う。
こいつは私の暗澹とした人生に、余計な不安材料を増やしやがった。
ただ、こいつからは「大人は誰しもいい人ではない」ということを勉強させてもらった。
それぐらいしか、こいつから学んだことはない。
2.三兄から聞いた数年後のS.K
実は、三兄が小学5、6年生の時の担任はS.Kだった。
私の担任がS.Kになったと聞くと、三兄は「S.K先生はいい先生だよ」と言っていた。だが、実際はそんなことはなかった。
兄にとっては「いい先生」でも、私にとってはあまりにも反りが合わない、受け入れがたい人間だった。
三兄が大人になり、小学生の頃に学校行事で埋めたタイムカプセルを、同級生たちと一緒に掘り起こすために学校に集まることになった。
私もそのタイムカプセルに将来の自分への手紙を入れていたので、三兄に「Hも来るか?」と誘われたが、S.Kがいたら会いたくないので断った。
その後、三兄が私の分の手紙も持って帰ってきてくれた。
三兄から聞いた話だと、S.Kが来ていたそう。
掘り起こしが終わった後、三兄と同級生、S.Kで飲みに行ったらしい。
そこでS.Kが三兄に「Hくん、まだ病気良くならないの?心配してるのよ」などと、のうのうと言い放っていたらしい。
何を今になって心配しているのか知らないが、自分がしてきたことに対しては反省していないような態度が気に食わない。
相変わらず自分とは反りが合わなさそうだな、と三兄の話を聞いて改めて思った。
そもそも、私の心配などどうでもいいから、私のことは忘れて欲しい。
関わりたくない人間に自分の心配をされていると思うと、気分が悪い。
3.「教師」という肩書きへの疑問
今までの人生で勉強しかしてこなかったのか。どうやって人と接してきたら、自分より立場が下の人間にあのような態度を取れるのか、その神経を疑う。
あんな人でも教員になれることに疑問を抱かざるを得ない。
先生とは単に勉強を教えるだけではなく、人との接し方や物事への対処のしかたなど「人間力」を教える者だと私は思う。
しかし、S.Kが私に見せた対応は、「先生」とは呼べないものだと感じる。
「反面教師」という意味では、まさに教師という言葉がふさわしいが。
S.Kが私にだけあのような対応をしていたのか、それとも他の生徒全員にしていたのかはわからない。
もし私が不登校だからあのような対応をしたのなら、教育者に欠ける資質と言わざるを得ない。
もしかすると、弱者だけには強気になる典型的なマウント人間なのかもしれない。
4.おわりに
今もなお教師を続けているなら、私にしたようなことは他の生徒にしないで、もう少し思いやりのある人になっていてほしいと願う。
そして、二度と私の目の前に現れないことを願う。
私は、自分より下の立場だろうが目上の人間だろうが、どんな相手と接する時でも、相手の気持ちを考えた行動をできるよう気をつけようと思った。
もし、今これを読んでいる方の中に、このような人間と関わらなければならない状況の人がいるのなら、自分の味方となってくれる人に相談してほしい。
小学生時代の私は、親にさえ何と言われるか怖くて相談することができなかった。
一人で抱え込み、悩み、自分を責めることだけはやめてほしいと切に願う。
これ以上"S.K被害者の会"の会員数が増えないことを祈っている。
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