消えない曇天「希死念慮」
※この話には「自殺」に関する表現が含まれます。苦手な方は閲覧をお控えください。
また、本記事は読者に対して自殺を助長・教唆するものではありません。
私は不登校になって以来、自殺を考えるようになった。
今回は不登校になってから今日まで、常に私の頭の片隅に存在し続けている曇天、「希死念慮」についてお話ししようと思います。
1.言葉の裏に隠れた心配
不登校になってから、父と父方の祖母に「はやく学校に行け!」などと厳しいことを言われるようになった。
しかし、当時の私は学校へ行けないことへの自己嫌悪や病気への不安など、さまさまな要因に悩まされていたため、父や祖母の言葉の裏を読み取る余裕はなかった。
むしろ、その言葉をそのまま受け入れ、ますます自分を責めるようになった。
両親が私とは関係のないことで喧嘩をしている時でさえ、「私が学校に行かないせいで喧嘩しているんだ」と思い込み、自分を責め続けていた。
2.芽生え始めた自殺願望
自己嫌悪に陥り、「自分には存在する価値がない」と感じて、死にたいと思った。
両親の不在の際、台所で包丁を手に取り、自分のお腹に当てたが、怖くて刺すことができなかった。
包丁を元の位置に戻し、家族に気づかれないよう声を押し殺して、布団の中で泣いた。
カウンセリングには通っていたが、医者に何を言われるか、あるいはどう思われるかが怖くて、自殺願望については話すことができなかった。
何度か実行しようとしたが、いつも「失敗した時のこと」が頭をよぎり、怖くて最後までやり切ることはできなかった。
3.家族への相談
ある時、親に「死にたい」と打ち明けた。
すると、親は「そんなこと、誰しも一度くらいは思ったことがあるよ」とあしらわれた。
誰しも死にたいと思うことはあるだろうが、実際に行動に移そうとする人はあまりいないと思う。
私の考えと家族の考える「死にたい」という言葉の持つ重みが違うと、この時にわかった。
また、「世の中には生きたくて生きれない人もいるんだよ」とよく諭されるが、私としては「なら、その人の人生を代わってあげたい」と思ってしまう。
家族が良かれと思って掛けてくれる助言は私には合わず、ただの「騒音」のように感じてしまう。
以来、家族に自殺についての相談は無意味だと思い、この事については話さなくなった。
それでも、死にたいと思う気持ちは変わらず、苦しくなるたびに死を選ぼうとするが、結局怖じ気づいて諦める。その繰り返しで、今も悩み続けている。
ある時、三兄に「H、そんなことはしないでくれ!」と泣きながら説得されたこともあったが、私には全く響かなかった。
4.今はとにかく逃げたい
死にたいと思い始めた頃は、もし自分が自殺をしたら「家族が近所の人に冷ややかな目で見られるのではないか」「借家だから大家に損害賠償を払わなければならないのではないか」といった懸念が頭をよぎり、思いとどまることができていた。
当初の動機は、自己嫌悪による「消えたい」といった願望だった。
しかし最近では、周囲のことなどどうでもよくなり、とにかく「現状から逃げ出したい」と強く思うようになり、自殺を考えるようになってしまっている。
5.向こうへはまだ行けない
過去の話だが、首を吊ろうとして、直前で思いとどまったことがあった。
しかし、首に跡が残ってしまい、家族に気づかれてしまった。三兄には怒鳴られ、両親からは「そんなとはしないで」と言われた。
「もしまた死にたいと思ったら、心療内科にでも行くよ」と、その時私は親と約束をした。
6.消えない曇天
希死念慮は常に頭の片隅に存在しているため、何か楽しいことをしている時でさえ、自殺を考えてしまう。
釣りに行った際、何気なく海を眺めては「俺は泳げないから、今飛び込めば溺死するかなぁ」といった、よくない考えがよぎる。
普段からなにもしていないから、そんなことばかり考えてしまうのか。
何か熱中できることがあれば、考えずに済むのかもしれないが、今の自分には、何かに向き合う気力はない。
自殺行為を一度すれば、「死にたい欲」は一時的に減る。
しかし、また嫌なことがあれば、すぐに死に方を考え始めてしまう。
どうすれば、希死念慮という曇天が頭から晴れるのか。今の私にはまだわからない。
7.おわりに
先のことはわからないが、一生付き合っていく物なのかなと思い始めている。
まるでパワプロくんのサクセスに出てくる爆弾のように。
私の目の前にもダイジョーブ博士が現れて、希死念慮を取り除いて欲しい…
無難なことかもしれませんが、私と同じような気持ちに悩まされている方へ。
もし、誰かに話すことで心が少しでも軽くなるのなら、相談窓口へ電話をしてみるのも、解決への糸口になるかもしれません。
(電話、SNS、チャットなど、自分に合った方法で相談が可能です)
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