父への嫌悪感
私は父に対して、少し嫌悪感を抱いている。
原因は、不登校なりたての頃に浴びせられた罵声の日々にある。
今回はいまだに私の中に残留する父に対する嫌悪感について話そうと思います。
1.私には甘い父
生まれた時から父が嫌いだったわけではない。
むしろ、私が幼い頃は、よく甘やかされていた。
私が幼稚園児の頃は、父の膝の上で夕食を食べていた。
ある日、私が食べ物で遊んでいると、父が「H、食べ物で遊んではいけないよ」と優しく注意した。
その時、私はムッとして、手に持っていた牛乳を父に向けて掛けた。
兄たちは、父は怒りっぽい人だと知っていたため、私が牛乳を掛けたことでちゃぶ台返しをすると思い、慌ててテーブルを押さえたらしい。
しかし、父は手拭きで顔を拭きながら、「H、食べ物を人に掛けてはいけないよ」と優しく注意して終わった。
兄たちは、父が怒らなかったことに驚いていた。
2.嫌悪感の芽生え
父に対しての嫌悪感が湧いたのは、不登校になってからだ。
毎晩の夕食時、父と祖母(父方)から「早く学校へ行け!」「サボるな!」「具合が悪いなら治るまでずっと入院してろ!」といった言葉を浴びせられるようになった。
この時に父と祖母(父方)に対しての嫌悪感と恐怖心が湧いた。
その後、両親とカウンセリング等を受けてからは、父が私に刺々しい言葉を言うことはなくなった。
徐々に父に対しての恐怖心は無くなったが、今も嫌悪感は少し残っている。
3.平日に湧き出る父への不快感
平日、父が内職で家にいると不快に感じる。
父が居間にいると、水分も食事も摂らずにあえて自室で寝続けて過ごしてしまう。
特に何か言われるわけではないのだが、昔のトラウマなのか、顔を会わせないようにしてしまう。
休日なら問題なく会話できるのだが、平日の朝などは、挨拶や「朝は何食べるんだ?」などの言葉がうるさく感じてしまう。
私が「おはよう」と返せば良いのだが、声を張ることに慣れておらず、相手に届かなかった時のことを考えてしまい、無視することを選んでしまう。
また、朝食は自分で作ることが多いが、失敗した料理を見られて「あーだこーだ」と言われるのが嫌なので、父が居る時は自室で寝続ける選択をしてしまう。
平日の午前中、家族は仕事で居ないので何にも気を使わなくていい一人時間ができる。
その時間帯に父が居ると「私だけの時間」が無くなり、不快に感じてしまうのだろう。
4.父との二人きりが苦手というわけではない
誤解してほしくないのは、父と二人で過ごすこと自体が苦痛なわけではないということだ。
中学生の頃は、よく二人で釣りに行っていた。
会話をしながら釣具の準備し、釣りを楽しんでいた。
会話がぎこちないなどはなく、こんな感じだった。
H「今日は寒いね」
父「着込んできて正解だった」
父「今日は何匹釣れるかな」
H 「数よりなんかデカイ魚釣りたいな!」
といった普通の会話をする。
しかし、父が先に釣れると、釣れた魚を見せびらかしてくるのは今でも少し腹が立つ。
「H、あそこの場所よく釣れるよ、やってみなよ!」みたいなアドバイスなら歓迎なのだが、ご機嫌に鼻唄を歌いながら釣れた魚を見せびらかし、「俺は釣れたけど、Hはまだ釣れてないの?」と言わんばかりの態度はとても不快である。
5.父との思い出
父との楽しい思い出はたくさんあります。
電動アシスト自転車を購入したばかりの頃、二人乗りをして近所の川沿いを遡り、遠出をしたことがあった。帰り道にバッテリーが切れてしまい、二人で自転車を押して帰ったことなどもありました。
また、病気になり引きこもりがちになっていた私を心配して、仙台に旅行に連れていてもらったこともありました。
この仙台旅行のおかげで牛タンが好物になりました。
また松島の島巡りをする遊覧船で沖合い?に出た瞬間の船の揺れ具合が凄く、ションベンを漏らしそうになるくらいの恐怖を味わいました。
この時の旅行で私は初めて新幹線に乗りました。
それも帰りは「GranClass」と呼ばれるなんかすごいやつに乗せてもらいました。
今でもこの新幹線のチケットは思い出に保管しています。
GranClassのチケット
松島の遊覧船チケット
6.おわりに
年々、父に対しての嫌悪感は薄れてきていると思います。
最近では、父と一緒にお酒を楽しみながら、楽しいひとときを過ごすことも増えました。
心に負った傷は消えないけれど、新しい思い出がそれを少しずつ上書きしてくれているのかもしれない。
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